市場の荒波を乗り越え、持続的な成長を実現したい——。そんな思いを抱く経営者の方は少なくないでしょう。私自身、数多くの起業家や中小企業の経営者と接してきましたが、「一つの事業だけでは不安」という声をよく耳にします。
その不安は決して的外れではありません。現代のビジネス環境は変化のスピードが加速し、予測不能な出来事が次々と起こります。かつては安定していた業界でさえ、デジタル化やグローバル化の波に飲み込まれようとしています。
そんな時代に企業が生き残り、成長し続けるための有力な選択肢が「事業多角化」です。
事業多角化とは単に「いろいろな事業をやる」ということではありません。戦略的に新たな事業領域に進出し、相乗効果を生み出しながらリスクを分散させる経営手法です。うまく実行できれば、企業に安定と成長をもたらす強力な武器となります。
では、どうすれば事業多角化を成功させることができるのでしょうか? この記事では、私がこれまで見てきた成功事例や失敗事例を基に、実践的なノウハウをお伝えします。特に起業家や中小企業の方に役立つ内容となっていますので、ぜひ最後までお読みください。
事業多角化とは?4つの基本パターンを理解しよう
事業多角化と聞くと、「いきなり全く違う業界に飛び込むこと」をイメージされる方も多いかもしれません。しかし実際には、多角化にはいくつかの基本パターンがあります。
私がコンサルティングでよく説明するのは、上の図にある4つの基本パターンです。これを理解しておくと、自社にとってどのタイプの多角化が適しているのか、見えてくるはずです。
例えば、小さな雑貨店を経営しているAさんは、まず「水平型」でオンラインショップを開設し、次に「垂直型」で一部商品の自社生産を始めました。段階的に事業を広げることで、リスクを抑えながら成長することができたのです。
多角化のタイプを選ぶときのポイントは、自社の「強み」と「リソース」を正直に見つめることです。私の経験では、多くの企業は自社の強みを活かせる領域で多角化すると成功確率が高まります。初めから遠い分野を目指すよりも、まずは近い分野から始めるのが賢明なのです。
事業多角化のメリット・デメリットを徹底比較
多角化について検討する前に、そのメリットとデメリットをしっかり理解しておきましょう。ある飲食店経営者の方は「多角化すれば安定する」と思い込み、準備不足のまま新事業に投資して苦労されていました。結局は一度立ち止まり、メリット・デメリットを冷静に分析し直した上で、計画を練り直すことになったのです。
メリット:事業多角化がもたらす4つの恩恵
1. リスク分散による経営の安定化
これは多角化の最大の利点です。一つの事業が不調でも、他の事業でカバーできれば会社全体としては安定します。
私のクライアントでもコロナ禍で本業が大打撃を受けた企業がありましたが、前年に始めていたオンライン事業が急成長し、会社を救ったケースがありました。「あの時、多角化を決断していなかったら、今の会社はなかった」と社長は語っています。
2. 収益機会の拡大
既存事業が成熟期を迎え、成長が鈍化した場合でも、新たな事業領域に進出することで、再び成長軌道に乗せることができます。
例えば、ある印刷会社は従来の紙媒体印刷が減少傾向にある中、デジタルコンテンツ制作やマーケティング支援に事業を広げました。その結果、クライアントの幅が広がり、売上も増加に転じたのです。
3. 既存事業とのシナジー効果
新規事業が既存事業を強化することで、相乗効果が生まれます。
私が支援した文具メーカーは、オンライン教育サービスに参入しました。一見、全く異なる事業のように思えますが、教育現場のニーズを直接知ることで製品開発が加速し、文具販売も伸びるという好循環が生まれました。
4. ブランド力の向上
複数の分野で事業展開することで、企業全体のブランド認知度や信頼性が高まることもあります。
これは大企業だけでなく、中小企業でも活用できる効果です。ある地方の工務店は、家具製作とインテリアデザインサービスを追加したことで「住まいのトータルソリューション」というブランドイメージを確立し、競合との差別化に成功しました。
デメリット:事業多角化に潜む4つのリスク
多角化には魅力的なメリットがある一方で、見落としがちなデメリットもあります。冷静に判断するために、こちらもしっかり押さえておきましょう。
1. 経営資源の分散
新規事業に人材・資金・時間を投入することで、既存事業のリソースが不足する恐れがあります。
ある食品メーカーは通販事業に進出しましたが、人員配置を十分に考慮せず、本業の製造ラインに影響が出てしまいました。「両方中途半端になるくらいなら、一つに集中すべきだった」と後悔していました。多角化の際は、リソース配分を慎重に計画することが重要です。
2. 組織の複雑化
事業領域が増えると、必然的に組織も複雑になります。部門間の連携が難しくなったり、意思決定が遅れたりするリスクが生じます。
私の経験では、新規事業を始める際に組織体制の見直しを怠ると、後々大きな問題に発展することが少なくありません。多角化と同時に、組織の在り方も再設計する必要があるのです。
3. 専門性・集中力の低下
「広く浅く」になりがちなのも多角化の落とし穴です。複数の事業に手を広げることで、それぞれの専門性が薄まる恐れがあります。
特に経営者自身が複数事業の責任者を兼ねると、集中力が分散し、判断ミスが増える傾向があります。そうならないためには、各事業の責任者を育て、権限委譲を進めることが大切です。
4. 初期投資の負担
新規事業の立ち上げには、想像以上のコストがかかるものです。資金繰りが悪化し、本業にも影響が及ぶケースもあります。
多角化を検討する際は、「最悪のシナリオ」も想定し、どこまでなら投資できるのか、事前に限度額を決めておくことをお勧めします。「やれるところまでやってみよう」という曖昧な姿勢は危険です。
メリットとデメリットを比較した結果、自社にとって多角化が適切な戦略だと判断したら、次は成功のためのポイントを押さえていきましょう。
事業多角化を成功させるための5つのポイント
多角化の基本と理論は理解できても、実際にどう進めればいいのか悩むことが多いでしょう。私の経験上、成功する多角化と失敗する多角化を分けるのは、以下の5つのポイントです。一つずつ具体的に見ていきましょう。
1. 明確な戦略策定:ビジョンから逆算する
多角化の前に、「なぜ多角化するのか」「どこを目指すのか」を明確にすることが必須です。目的なき多角化は迷走のもとです。
ある食品製造業のオーナーは「とりあえず今流行りのECをやろう」と思い立ち、準備不足のまま進めて苦戦していました。私との対話の中で「自社の強みは素材の目利きと加工技術」という原点に立ち返り、方向性を「食のプロ向け厳選食材の提供」に絞り込みました。結果、専門性を活かした差別化ができ、事業は軌道に乗りました。
このように、「なんとなく多角化」ではなく、自社のビジョンや強みから逆算して事業領域を選ぶことが重要です。戦略なき多角化は、資源の無駄遣いになりかねません。
2. 徹底的な市場調査:思い込みを排除する
「こんなサービスがあったら便利だろう」という経営者の思い込みだけで多角化を進めると、市場のニーズとのズレが生じやすくなります。
私が支援したある製造業は、「デジタル化の波に乗らないと」と焦って社内にDX部門を立ち上げましたが、具体的な顧客ニーズを把握していなかったため、開発したシステムが使われないという事態に陥りました。その後、実際に顧客にヒアリングを重ね、本当に求められているサービスを特定してから再スタートしたところ、着実に成果を上げることができました。
市場調査では「誰に」「何を」「どのように」提供するのかを具体的に定義することが大切です。特に競合分析は徹底的に行い、どこで差別化できるかを見極めてください。
3. 既存事業とのシナジー創出:相乗効果を意識する
新規事業が既存事業と全く関連性がないと、「別会社」のような状態になり、経営の複雑さだけが増してしまいます。
成功する多角化の多くは、既存事業との間に何らかのシナジー(相乗効果)があります。例えば、同じ顧客層に別の商品を提供したり、既存の流通チャネルを活用したり、蓄積したノウハウを応用したりする形です。
あるアパレルメーカーは、顧客データを分析した結果、「30代女性の健康志向が強い」という洞察を得て、オーガニック食品の展開を始めました。既存顧客へのクロスセルが可能となり、また両事業でブランドイメージが強化されるという相乗効果が生まれています。
シナジーを生み出すコツは、「顧客」「技術」「販路」「ブランド」のどれかで接点を持つことです。全く接点がない場合は、本当にその事業が自社に適しているのか、再考の余地があるでしょう。
4. リスク管理体制の構築:最悪の事態も想定する
新規事業には必ずリスクが伴います。「うまくいくはず」と楽観的になりすぎず、失敗した場合のダメージを最小限に抑える準備が必要です。
私がよく勧めるのは、多角化の際に「撤退基準」を事前に決めておくことです。「〇か月以内に黒字化しなければ見直す」「投資額は〇〇円までとする」といった明確な線引きがあると、冷静な判断ができます。
以前、ある製造業の社長は「この事業は絶対に成功する」という思い込みが強く、赤字が続いても投資を続けた結果、本業にまで影響が及びました。「ダメなら引く」という基準を持っていれば、ここまで傷が広がることはなかったでしょう。
リスク管理のもう一つのポイントは段階的な投資です。いきなり大規模な投資をするのではなく、小さく始めて成果を確認しながら徐々に規模を拡大していく方が安全です。「失敗しても学びになる」程度の小さな一歩から始めることをお勧めします。
5. 柔軟な組織体制:縦割りの弊害を防ぐ
多角化を進める上では、組織の在り方も重要です。新規事業と既存事業が完全に分断されてしまうと、シナジーが生まれにくくなります。
私が見てきた成功例では、事業部間の人材交流や情報共有の仕組みが整っているケースが多いです。例えば、月に一度の「クロス会議」で各事業部の責任者が集まり、課題や成功事例を共有する。あるいは「短期人材交流プログラム」で互いの事業を体験し合うなど、組織の壁を低くする工夫が効果的です。
また、多角化初期は「兼務」を活用するのも一つの方法です。ある小売店では、ECサイト運営の立ち上げ時、完全な専任者を置くのではなく、店舗スタッフの中から適性のある人材を選び、時間の一部をECに割り当てる形で始めました。これにより、リソースを効率的に活用しながら、徐々に独立した組織へと成長させることができました。
柔軟な組織づくりのコツは、「事業の壁」よりも「顧客視点」を優先することです。「うちの担当ではない」という縦割り意識が強すぎると、多角化の利点が活かせません。常に「顧客にとって何が最善か」という視点で組織を組み立てていくことが大切です。
【業界別】事業多角化の成功事例紹介
理論や手法を理解するのも大切ですが、実際の成功事例から学べることはさらに多いものです。ここでは特に参考になる事例を業界別にご紹介します。大企業の例だけでなく、中小企業の取り組みにも注目してみましょう。
製造業:富士フイルムの大胆な転換
デジタルカメラの普及により、写真フィルム市場が急激に縮小する中、富士フイルムは既存技術を応用したヘルスケア事業と高機能材料事業への多角化を進めました。
この事例で特に学ぶべきは「既存の技術資産の再評価」です。同社は長年培ってきたコラーゲン研究をスキンケア製品に、フィルム製造で培った精密塗布技術を液晶ディスプレイ用フィルムに転用しました。
中小企業でも、自社の「当たり前の技術」を別の視点で見直すことで、新たな活用法が見つかるかもしれません。私のクライアントでも、金属加工の技術を医療機器分野に応用して成功した町工場があります。自社の強みを「固定観念なしで再評価する」ことが重要です。
IT・通信業:楽天の「エコシステム」戦略
楽天は元々ECモールからスタートしましたが、現在ではクレジットカード、銀行、証券、保険、通信事業など様々な分野に進出しています。
この事例で注目すべきは「顧客接点の最大活用」という視点です。楽天は各事業間でポイントを共通化することで、顧客を自社エコシステム内に囲い込むことに成功しました。
これは中小企業にも応用できる考え方です。例えば、地方の小さな花屋が、お花教室、ウェディング装花、法人向けオフィスグリーンと事業を広げ、それぞれの顧客が他のサービスも利用するような仕組みを作れば、大きな相乗効果が生まれます。「一度獲得した顧客との接点を、どう広げていくか」を考えることが大切です。
飲食業:サントリーの多角化
サントリーはウイスキーの製造から始まり、ビール、清涼飲料、健康食品、さらにはレストラン事業や花事業にまで多角化しています。
ここで注目したいのは「ブランド価値の一貫性」です。サントリーは多様な事業を展開しながらも、「水と生きる」「GOOD SPIRITS」など、企業としての理念や価値観を明確に打ち出しています。
この点は中小企業にとっても重要です。多角化する際に「なんでもあり」になると、顧客からの信頼を失います。ある地方の和菓子店は、カフェ事業、ケータリング事業へと広がる中で「素材の良さと季節感を大切にする」という軸をブレさせず、各事業が互いに価値を高め合う関係を築いています。
中小企業の成功例:町の印刷会社の変革
印刷業界は紙媒体の需要減少に直面していますが、ある地方の印刷会社は「情報の視覚化」という本質的価値に立ち返り、Webサイト制作、動画制作、マーケティング支援など、デジタル領域へと事業を拡大しました。
この会社の成功要因は「段階的な投資と人材育成」です。いきなり大規模投資をするのではなく、まず社内の若手社員を研修に送り、小規模なWebサイト制作から始めて少しずつ実績を積み上げました。売上が安定してから専門スタッフを採用するなど、リスクを抑えながら着実に事業を育てていったのです。
中小企業の多角化では、この「段階的アプローチ」が特に重要です。リソースに限りがある中で、一気に大きな投資をするよりも、小さく始めて成功事例を作り、徐々に規模を拡大していく方が現実的でしょう。
地域密着型企業の例:工務店のトータルサービス化
ある地方の工務店は、住宅建築だけでなく、リフォーム、インテリアデザイン、家具製作、庭園管理まで手がけるようになりました。
この会社が成功した理由は「顧客との長期的関係構築」です。家を建てた後も、家具や庭の手入れなど様々なサービスを提供することで、一度の取引で終わらない関係を築いています。また、既存顧客からの紹介も増え、新規顧客獲得コストの削減にもつながっています。
中小企業にとって、既存顧客との関係を深め、生涯価値を高める多角化は、特に効果的な戦略と言えるでしょう。「お客様の次のニーズは何か」を常に考え、サービスを拡張していくことが重要です。
これらの事例から学べるのは、多角化は形だけでなく「なぜそこに進出するのか」という戦略的意図が重要だということです。特に中小企業は、限られたリソースを有効活用するために、より戦略的な多角化が求められます。
事業多角化で失敗する企業の特徴
成功事例に学ぶことも重要ですが、失敗事例から得られる教訓はさらに価値があります。私が見てきた多角化に失敗した企業には、いくつかの共通点があります。自社が陥りがちな落とし穴を事前に知っておくことで、リスクを軽減できるでしょう。
1. 戦略なき多角化:「なんとなく」が最大の敵
「競合がやっているから」「今は〇〇が流行っているから」という理由だけで多角化を進める企業は、ほぼ間違いなく失敗します。
ある建設会社は「最近は農業が注目されている」という理由だけで植物工場事業に参入しましたが、自社の強みを活かせる領域ではなく、また市場ニーズも十分に把握していなかったため、多額の投資が水泡に帰しました。
成功する多角化には、必ず「なぜその事業なのか」という明確な理由があります。自社のビジョン、強み、市場機会、これらが一貫性をもって説明できなければ、足元の砂が崩れるのは時間の問題です。
冷静に考えてみましょう。「なぜその事業に進出するのか」を社内外に明確に説明できていますか?もし説明が難しいなら、それは戦略が不明確なサインかもしれません。
2. 市場調査の不足:思い込みの罠
「自分がほしいと思うなら、他の人もほしいはず」という思い込みで進める多角化も危険です。
ある飲食店経営者は「デリバリー需要は高いはず」と考え、十分な市場調査なしでデリバリー専門店を開業しました。しかし、立地周辺のオフィスワーカーは自炊派が多く、また競合店も既に飽和状態。結果として想定の半分も売上が立たず、撤退を余儀なくされました。
市場調査で最低限確認すべきは「誰に」「何を」「どのように」提供するのかという基本的な枠組みです。特に「誰に」の部分は具体的であるほど良いでしょう。「会社員」ではなく「30代の共働き世帯」のように、ターゲットを絞り込むことが重要です。
自分の考えを検証するには、実際に対象となる顧客に話を聞くことが最も効果的です。「このようなサービスがあったら利用しますか?」と尋ねるだけでも、多くの気づきが得られるはずです。
3. シナジー効果の軽視:相乗効果なき分散は衰退の始まり
既存事業と全く関連性のない分野に進出すると、管理コストだけが増加し、メリットを享受できないケースが多いです。
あるアパレル企業は、経営者の趣味でワイナリー事業を立ち上げました。しかし、顧客層も販路も全く異なるため相乗効果は生まれず、両事業とも中途半端な状態に。結局、本業のアパレル事業にも悪影響が及んでしまいました。
多角化で成功する企業の多くは、「顧客基盤」「技術」「ブランド」「販路」のいずれかで既存事業とのつながりを持っています。全く関連性のない事業に手を出す場合は、特に慎重な判断が必要です。
シナジーを生み出すには、事業間の連携を意識的に促進することも大切です。「この事業で得た顧客情報を別の事業でどう活かせるか」「共同でキャンペーンを行えないか」など、具体的な接点を作っていくことが重要です。
4. リスク管理の甘さ:計画通りに進むことはほぼない
多角化で最も多い失敗パターンは「想定以上にコストがかかり、想定以下の売上しか上がらない」というものです。
ある小売店は、ECサイトの構築費用を甘く見積もり、また運用に必要な人的リソースも考慮せずに事業を始めました。結果として当初予算の3倍のコストがかかり、売上は予想の半分という厳しい状況に陥りました。
こうしたリスクに対応するためには、「最悪のシナリオ」を想定した計画を立てることが重要です。初期投資は「予想の1.5倍」、売上は「予想の半分」だった場合でも持ちこたえられるか検討しておくと良いでしょう。
また、段階的な投資計画も有効です。一度に全投資を行うのではなく、「まず小規模に始めて、成果を確認しながら徐々に拡大する」というアプローチなら、失敗のダメージを最小限に抑えられます。
5. 組織の硬直化:新しい風を受け入れられない体質
多角化を進める上で見落としがちなのが「組織文化」の問題です。特に長年同じ事業を続けてきた企業では、新しい考え方や働き方を受け入れにくい雰囲気があるかもしれません。
ある製造業では、新規のITサービス事業を立ち上げたものの、「うちはものづくりの会社だ」という意識が強く、新事業部門が社内で孤立。人材確保も難しく、結果として事業が育ちませんでした。
組織の柔軟性を高めるには、経営層のコミットメントが不可欠です。「なぜ多角化するのか」「どのような未来を目指すのか」を繰り返し社内に伝え、変化を前向きに捉える文化を育てる必要があります。
また、新規事業の社内での位置づけも重要です。「本業」と「傍流」という区別があまりに明確だと、人材や予算の配分で不公平が生じやすくなります。新事業も「会社の未来を担う重要な柱」と位置づけ、適切なリソースを割り当てる姿勢が大切です。
こうした失敗の特徴を知っておくことで、自社の多角化戦略の弱点を事前に発見できるでしょう。定期的に「我々はこの罠に陥っていないか?」と自問することが、成功への近道となります。
事業多角化を成功に導くための5ステップ
それでは、これまでの理論や事例を踏まえて、実際に事業多角化を進めるための具体的なステップをご紹介します。「何から手をつければいいのか」と悩む経営者の方も多いと思いますので、実践的なプロセスをお伝えします。
ステップ1:現状分析と目標設定
多角化の第一歩は、自社の「今」を正確に把握することです。私がコンサルティングで必ず行うのは「3C分析」です。
- 自社(Company):強み・弱み、経営資源、企業文化
- 顧客(Customer):現在の顧客層、潜在ニーズ、満足度
- 競合(Competitor):競合状況、市場での位置づけ
この分析を基に「なぜ多角化するのか」という目的を明確にします。売上増加?リスク分散?季節変動の平準化?目的によって戦略が変わってくるので、この段階での議論は非常に重要です。
あるアパレル企業では、「季節による売上変動を抑えたい」という明確な目的があったため、夏場に需要が高まる雑貨事業に参入。結果として年間を通じて安定した売上を確保することに成功しました。目的が明確だからこそ、進むべき方向が見えてくるのです。
この段階では、数値目標も具体的に設定しておくと良いでしょう。「3年後に新規事業の売上比率を20%にする」のように、明確な目標があれば進捗を測る基準になります。
ステップ2:市場調査と機会発見
目的が定まれば、次は「どの分野に進出するか」を検討します。ここで大切なのは、自社の強みを活かせる分野を選ぶことです。
私のクライアントである金属加工会社は、高い技術力を持ちながらも建築関連の受注が減少し悩んでいました。徹底的な市場調査の結果、医療機器分野で精密加工のニーズが高まっていることを発見。自社の技術を活かせる新市場として医療機器部品の製造に参入し、成功を収めました。
市場調査では、以下の点を特に重視してください:
- 市場の規模と成長性
- 競合状況(すでに飽和していないか)
- 参入障壁(許認可、初期投資など)
- 自社の強みが活かせるか
ただし、机上の調査だけでは見えないことも多いです。可能な限り実際の顧客となる人々と対話し、生の声を聞くことをお勧めします。「このようなサービスがあれば使いますか?」と直接聞くだけでも、多くの気づきが得られるはずです。
ステップ3:戦略策定と計画立案
市場機会が見つかれば、次は具体的な戦略と計画の策定です。特に重要なのは以下の3点です:
- 差別化ポイントの明確化:競合と何が違うのか、なぜ選ばれるのかを明確にする
- 必要なリソースの洗い出し:人材、設備、資金、ノウハウなど
- 収支計画の作成:初期投資、ランニングコスト、売上予測
具体的な数字に落とし込むことで、計画の実現可能性を検証できます。あるサービス業のオーナーは、計画段階で「黒字化までに3年かかる」ことが判明。当初の事業計画では資金が持たないため、段階的な参入方法に見直しました。このように、計画段階で問題点を発見できれば、軌道修正も容易です。
また、この段階でリスク分析も行います。「最悪のシナリオ」を想定し、その場合の対応策も考えておくことが重要です。「売上が予想の半分だった場合」「競合が同様のサービスを始めた場合」など、様々な状況を想定して準備しておきましょう。
ステップ4:実行とモニタリング
計画ができたら、いよいよ実行段階です。多角化の際に私がいつも勧めるのは「小さく始めて、成果を確認しながら徐々に拡大する」というアプローチです。
ある小売店は、新規のECサイト運営を始める際、まず自社の人気商品だけに絞ってスタート。反応を見ながら徐々に商品ラインを拡充していきました。この方法なら初期投資を抑えられますし、顧客の反応を見ながら軌道修正もしやすくなります。
実行段階で大切なのが「KPI(重要業績評価指標)」の設定です。売上だけでなく、顧客獲得数、リピート率、問い合わせ数など、複数の指標を設定して定期的にチェックしましょう。数字に表れない定性的な情報(顧客の声、従業員の感想など)も集めておくと、改善のヒントになります。
モニタリングの結果、想定と大きなズレがある場合は、早めに軌道修正することが大切です。「予定通りにいかないのは当たり前」という心構えを持ち、柔軟に対応していきましょう。
ステップ5:改善と最適化
多角化事業が軌道に乗り始めたら、次は「改善と最適化」のフェーズです。初期段階では気づかなかった問題点や改善点が見えてくるでしょう。
特に重視したいのは「顧客からのフィードバック」です。実際に商品やサービスを利用した顧客の声には、貴重な改善のヒントが隠れています。あるメーカーは新規サービスの利用者アンケートから「付属機能よりも基本性能の向上を望む声が多い」ことを発見。開発方針を見直し、顧客満足度を大幅に向上させました。
また、この段階では収益性の向上も重要テーマです。初期段階では見落としがちな「無駄なコスト」や「非効率なプロセス」を発見し、改善していきましょう。売上が成長しても利益が伴わなければ、事業としての価値は限定的です。
最適化が進んだら、次は「拡大フェーズ」に移行します。新たな顧客層の開拓、商品・サービスラインの拡充、地域展開など、成長のための次のステップを検討しましょう。
この5つのステップは、一度きりのプロセスではありません。市場環境や顧客ニーズは常に変化しますので、PDCAサイクルを継続的に回していくことが重要です。特に多角化事業は、立ち上げ後3年程度は集中的な改善と最適化が必要だと考えてください。
事業多角化に関するよくある質問
多角化を検討する際に、多くの経営者の方から寄せられる質問にお答えします。私が現場でよく聞かれる疑問とその回答をまとめましたので、参考にしてください。
Q1. 多角化のベストなタイミングはいつですか?
多角化のタイミングについて、私がクライアントにいつもお伝えしているのは「強いときに打つ」ということです。既存事業が安定し、資金的・人的余裕があるときが理想的です。
ただ、現実には「危機感を感じたとき」に多角化を検討するケースも多いでしょう。主力事業の先行きに不安を感じたり、市場環境の変化を察知したりした場合も、多角化のきっかけになります。
私の経験では、「余裕があるときに準備し、必要になる前に動き出す」という姿勢が重要です。多角化事業が軌道に乗るまでには時間がかかりますので、危機が目前に迫ってからでは遅いということを覚えておいてください。
また、事業のライフサイクルの観点から見ると、既存事業が成熟期に入ったタイミングで次の成長事業を育てるという考え方も有効です。これは「新陳代謝」のような発想で、常に企業全体としての成長曲線を維持する戦略です。
Q2. どの分野に多角化すべきでしょうか?
どの分野に進出するかは、最も悩ましい問題でしょう。私のアドバイスは「遠くよりも近く」です。自社の強みが活かせる関連分野の方が、全く未知の領域よりも成功確率が高いという傾向があります。
具体的には、以下の接点があるかどうかを考えてみてください:
- 顧客基盤:既存顧客に別の商品・サービスを提供できるか
- 技術・ノウハウ:蓄積した技術や知識を応用できるか
- 販路・チャネル:既存の販売網を活用できるか
- ブランド:自社ブランドの信頼性や認知度を活かせるか
ある食品メーカーは健康食品分野に進出する際、「素材の目利き」という強みを活かして差別化に成功しました。このように、自社の「当たり前」と思っている強みが、新しい分野では大きな差別化要因になることも少なくありません。
また、将来性という観点では、社会課題の解決につながる分野や、デジタル化・サステナビリティなどの大きなトレンドに沿った領域は検討価値が高いでしょう。ただし、流行だけに飛びつくのではなく、自社の強みとの接点を見極めることが重要です。
Q3. 多角化のための資金調達方法は?
資金調達の方法は、多角化の規模や性質によって異なります。主な調達方法と、それぞれの特徴は以下の通りです:
自己資金(内部留保): 最もシンプルな方法ですが、リスクはすべて自社で負うことになります。小規模な多角化や試験的な取り組みには適しています。
銀行融資: 比較的調達しやすい資金ですが、返済義務があるため、キャッシュフローの見通しがある程度立っている事業に向いています。また、事業計画の説得力が重要です。
公的支援・補助金: 返済不要の資金を得られる可能性がありますが、申請手続きや条件が厳しい場合があります。特に新技術開発や地域活性化など、公益性の高い多角化には検討の価値があります。例えば、中小企業基盤整備機構の「新事業展開支援事業」などが参考になります。
クラウドファンディング: 資金調達と同時に市場検証もできる一石二鳥の方法です。特に消費者向け製品・サービスの場合に効果的です。
ベンチャーキャピタル: 大規模な成長が見込める事業の場合、VC資金の活用も選択肢になります。ただし、急成長とExit(売却や上場)を求められる点には注意が必要です。
私がクライアントにお勧めしているのは、「段階的な投資」です。最初は小規模に始めて、成果を確認しながら徐々に投資を拡大していく方法です。このアプローチなら、初期リスクを抑えながら、事業の可能性を検証できます。
いずれの方法でも、説得力のある事業計画の作成が不可欠です。特に「なぜその事業なのか」「どのような差別化要因があるのか」「どのようにして収益化するのか」といった点を明確に説明できることが重要です。
Q4. 新規事業のための人材確保・育成はどうすればよいですか?
多角化の成否を分ける重要な要素が「人材」です。新規事業に適した人材確保のアプローチとしては、主に以下の3つが考えられます:
既存社員の育成・配置転換: 自社の文化や価値観を理解している点が強みです。ただし、新しい知識やスキルの習得が必要になるため、研修や外部セミナーへの参加など、育成の仕組みが重要です。
私のクライアントである食品メーカーでは、EC事業立ち上げ時に営業部門から意欲のある若手を選抜し、デジタルマーケティングの研修を受けさせました。社内の商品知識と新たに学んだデジタルスキルを組み合わせることで、思いのほか早く成果が出始めました。
経験者の中途採用: 即戦力として期待できる半面、企業文化の違いによる軋轢が生じる可能性もあります。採用時には、スキルだけでなく価値観の一致も重視すると良いでしょう。
ある製造業では、新規事業部門のリーダーとして業界経験者を採用。しかし社風の違いから既存社員との連携がうまくいかず苦労しました。後にリーダーシップ研修やチームビルディングの場を設けることで課題を解消できました。
外部パートナーとの協業: 自社にないスキルやリソースを補完する方法として、アライアンスやM&Aも選択肢になります。特に、短期間で新領域に進出したい場合に有効です。
いずれの場合も、新規事業を担う人材に求められるのは「チャレンジ精神」と「柔軟性」です。計画通りに進まないことが多い新規事業では、問題解決能力や状況適応力が重要になります。採用や人選の際には、こうした資質も見極めるようにしましょう。
また、組織体制も重要です。新規事業部門を既存組織から完全に分離すると、情報共有や協力が得られにくくなります。一方、既存組織に組み込みすぎると古い慣習や考え方に縛られがちになります。両者のバランスを取りながら、「適度な距離感」を持つ組織設計を心がけると良いでしょう。
Q5. 多角化して失敗した場合、どう対処すべきですか?
多角化は常に成功するとは限りません。むしろ、一定の失敗は覚悟すべきものです。大切なのは「失敗をどう扱うか」という姿勢です。
まず重要なのは、素早い「原因分析」です。なぜ失敗したのか、以下の視点から検証してみましょう:
- 市場のニーズを正しく把握していたか
- 自社の強みを十分に活かせていたか
- 必要なリソース(人材・資金・ノウハウ)は足りていたか
- 実行のタイミングや進め方に問題はなかったか
原因が見えてきたら、次の3つの選択肢を検討します:
軌道修正: 戦略や運営方法を見直し、再チャレンジする方法です。例えば、ターゲット顧客を絞り直す、提供価値を明確化するなど、コンセプトの再設計が有効なケースも多いです。
ある小売店は当初「全ての商品をECで販売」という方針でしたが、思うように売上が伸びませんでした。分析の結果、「特定カテゴリーに特化すべき」という結論に至り、戦略を修正。専門性を前面に出したことで、徐々に業績が改善しました。
縮小継続: 規模や投資を縮小しながら継続する選択肢です。将来的な可能性を残しつつ、リスクを最小化する方法として検討の価値があります。
あるサービス業では、全国展開の計画を一旦保留し、地元エリアに集中することで収益性を高める戦略に転換。地域でのブランド力を高めてから再度拡大する方針に見直しました。
撤退・売却: 継続が難しいと判断した場合は、早期の撤退も選択肢です。「撤退は敗北」と考えるのではなく、次の機会のためのリソース確保と捉えるマインドが大切です。
私のクライアントでも、2年間赤字が続いた新規事業から思い切って撤退し、別の多角化に挑戦して成功したケースがあります。「いつまで続けるか」の判断基準を事前に決めておくことで、冷静な判断ができました。
どの選択肢を取るにせよ、失敗から学んだ教訓を言語化し、組織内で共有することが重要です。「なぜ失敗したのか」を明確にすることで、次のチャレンジでの成功確率が高まります。
多角化は一度きりのチャレンジではありません。失敗と成功を繰り返しながら、持続的な成長を実現していくプロセスだと考えてください。
まとめ:事業多角化で持続的な成長を実現するために
事業多角化は、企業が持続的に成長するための有効な戦略です。しかし、「やみくもに手を広げる」のではなく、「戦略的に新たな柱を育てる」という視点が重要です。
これまでお伝えしてきた内容を踏まえ、多角化成功のための重要ポイントをまとめます:
1. 明確な目的と戦略を持つ
「なぜ多角化するのか」という問いに明確に答えられることが第一歩です。リスク分散なのか、成長機会の創出なのか、季節変動の平準化なのか—目的に応じて戦略も変わってきます。
小さな会社ほど、リソースは限られています。だからこそ、目的を明確にし、それに合った多角化戦略を選ぶことが不可欠です。「流行っているから」「競合がやっているから」といった安易な理由での多角化は避けましょう。
2. 自社の強みを活かす分野を選ぶ
異業種への参入は一見魅力的ですが、成功確率は高くありません。まずは自社の強み(技術、顧客基盤、販路など)を活かせる関連分野から検討するのが賢明です。
「当たり前」と思っている自社の特徴が、他の業界では大きな差別化要因になることも少なくありません。自社の特徴を客観的に見直し、それが活きる市場を探してみましょう。
3. 徹底的な市場調査と顧客理解
「こんなサービスがあったら便利だろう」という経営者の思い込みだけで進めると、市場ニーズとのズレが生じます。実際の顧客や潜在顧客の声を聞き、真のニーズを把握することが重要です。
最近は比較的少額で市場調査ができるツールやサービスも増えています。例えば、Googleフォームで簡易アンケートを実施したり、SurveyMonkeyなどのオンラインツールを活用したりすることで、効率的にデータを集められます。
4. 段階的な投資と小さな実験
多角化の失敗原因の多くは「大きすぎる初期投資」です。確かなノウハウがないうちに大規模投資を行うと、失敗時のダメージも大きくなります。
小さく始めて、市場の反応を見ながら徐々に拡大していく「段階的アプローチ」が、特に中小企業には適しています。まずは「実験」と位置づけて小規模に始め、手応えがあればスケールアップする戦略が賢明です。
5. 柔軟な組織体制とシナジー創出
新規事業と既存事業が完全に分断されると、せっかくの相乗効果が生まれません。部門間の壁を低くし、情報共有やリソース活用がスムーズに行える組織づくりを心がけましょう。
私が見てきた成功事例では、「クロスファンクショナルチーム」を組織し、既存事業部からも人材を巻き込む形で新規事業を推進するケースが多いです。縦割り組織よりも、プロジェクト型の柔軟な体制の方が多角化には適しているでしょう。
6. 失敗からの学びを大切に
多角化において、すべてが順調に進むことはほとんどありません。重要なのは、失敗を恐れず、そこから学び、次に活かす姿勢です。
私のクライアントで最も成功している企業は、実は最も多くの「小さな失敗」を経験している企業でもあります。失敗を隠したり責任追及したりするのではなく、「なぜうまくいかなかったのか」を組織全体で学ぶ文化があるのです。
最後に:一歩を踏み出すことから始めよう
ここまで事業多角化について様々な角度からお伝えしてきました。理論や方法論を理解することも大切ですが、最も重要なのは「行動すること」です。
完璧な計画を待っていては、チャンスを逃してしまいます。まずは小さな一歩を踏み出し、実践の中で学びながら進化させていくことが、多角化成功の近道です。
私自身、数多くの企業の多角化を支援してきましたが、成功する企業に共通するのは「行動力」と「学習する姿勢」です。失敗を恐れず、しかし準備はしっかりと行い、一歩ずつ着実に前進する—そんな姿勢が、多角化成功の鍵となるでしょう。
皆さんの会社も、この記事がきっかけとなって新たな一歩を踏み出せることを願っています。多角化は決して容易な道のりではありませんが、成功すれば企業に大きな成長と安定をもたらします。ぜひ、自社の未来のために、多角化という選択肢を前向きに検討してみてください。
迷いや疑問があれば、いつでもご相談ください。皆さんの挑戦を応援しています!
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